Affinity

例えそれがどんなによく晴れた一日であっても、彼ら二人が休日に出掛けることは常日頃からあまり無かった。彼らの趣味が共通して読書だからと言う理由ももちろんあるけれど、エリオットの従者であるリーオが外へ出るのを殊更に面倒がるから、というのがこの習慣の大方の理由だ。

リーオが積極的な活動をあまり好まないのは今更よく知れていることだったから、エリオットもあえて彼を無理に外へ連れ出そうとはしなかった。

どうせ仕事を任されている間はほとんどの時間を出歩いているのだから、彼自身、外出はそれほど魅力的にも映らないのだろう。従者の希望で休日を家で過ごすからといって、どうやらそれに取り立てて不満を抱くことも無いようだ。

「……で、何故貴様が居る?オズ=ベザリウス」
「いやー?屋敷にいても暇だったからさ、つい」

さて、パンドラの人間には何故だかやたらと活動的な者が多く、休日ですら外を出歩き、結果として自ら面倒ごとに巻き込まれている構成員をよく見かける。

けれど彼ら――エリオットとリーオにおいては先ほどの理由も相まって、休日に自家以外の人間と接触すること自体がほとんど無い。つまり、彼らがこの状況で面倒ごとに巻き込まれる可能性など、本来は皆無であるはずなのだ。

「……理由になってねぇぞ、おい」

それなのに今、どういう流れからか彼らは客人を迎えている。相手はこの国の要人も要人、ナイトレイにとっては敵対家系のオズ=ベザリウスだ。

聞けば、このベザリウス家の跡取りは、どうやら自家の屋敷で周囲の慌ただしさに取り残されたらしい。散々暇を持て余した結果、ナイトレイ家に用事のあったギルバートに付き添ってきたのだそうだ。

「ギルが用事があるって言ってどっか行っちゃったからさ、どうしようか考えてたんだ。そしたらエリオット達が居るって聞かされて」

来てみたんだけど、迷惑だったかな? 半ば確信めいた笑みを湛えて、オズはエリオット達へと一見何の淀みも無い笑顔を浮かべる。しかしそれが身近な者には言わずと知れた偽りのものであることを、エリオットはとうの昔に知っていた。

今この良家の嫡子は、意地でもこの部屋に居座ってやるのだと、休日を満喫する彼らに――とりわけエリオットにとってははた迷惑でしかない意思を暗に訴えている。

押し掛けてきた来客者に呆れ返るエリオットに対して、傍らのリーオはオズを一目見て再会の挨拶を交わした後、またすぐに本の世界へ意識を溶け込ませてしまっていた。

「……もういい、好きにしろ」
「さっすがエリオット!屋敷は内々の業務でみんな駆け回ってるから居るトコ無くてさ。……でもオレ、嬉しいよ。二人とゆっくり話せる日が来るなんて」

どうにも面倒になって一旦約束を取り付ければ、そこからは至って純粋な少年へと逆戻りする。エリオットは今ひとつ、この同年代らしからぬ振る舞いを繰り返すオズを信頼しきることが出来ずにいた。

普通に話している分にはとりわけ変わったところは見られないのだが、時折、彼はまるで別の世界に居るかのような雰囲気を纏っていることがある。先日のサブリエの件もそうだ。明らかな違和感を本人が何より疑問に思うだなどと、ただの歳近い少年と思うにはあまりに異質なところが多すぎる。

「そういえば、おまえ。何か分かったのか?あの日の――」
「あのさ、エリオット」
「あ?何だ、リーオ?」
「お客様が来てるのに玄関で立ち話は良くないと思うよ?」
「ああ……それもそうだな。仕方ねぇ、上がっていいぞ、オズ=ベザリウス。それで、さっきの――」
「あ、そうそう。あと、お茶とお菓子も出てないかな」
「ああ、確かに……って、あのな、それはおまえの仕事だろ!」
「ありゃ。珍しいね、エリオットが一回目でちゃんと突っ込み返してくれるなんて」
「余計な世話だ!」

オズへの一言目以降、全くと言って良いほど言葉を発していなかったリーオは、エリオットが問い掛けかけたそれに気付いてふと空想の世界から立ち返る。意識を戻したリーオの冗談めいたからかいに不満そうなエリオットを見て、彼は満足そうに一度笑った。

そのまましおりを挟んで立ち上がる彼は、わざと大げさに溜め息をついてやれやれという風な身振りを取っている。ごく自然に流れて行ったこれまでのやり取りに対しては、他人の機微に敏感なオズでさえ、疑問を抱くには至らなかったようだ。

「んー、それじゃあお茶は僕が二人の分も淹れてあげるから、種類はエリオットが選んであげなよ。……というわけでエリオット、ちょっと付いて来てくれる?」
「……ったく、仕方ねぇな。おい、オズ=ベザリウス!すぐ戻るからそこで待ってろ!」

リーオに手を引かれて既にキッチンへ消えかけているエリオットは、勢いよく振り返ってソファに掛けるオズへとその旨を叫ぶ。苦笑するオズがゆるりと手を振って見送りを終えた頃、彼へは決して伝わらぬよう、リーオが小声で囁いた。

「エリオット、君、さっきオズ君にあの時のことを聞こうとしたよね?」
「サブリエのことなら問おうとしたが……それが何だ?」

訝しげな表情を崩さぬままで、エリオットは事態が呑み込めないとでも言う風に苛立たしげに黙り込む。エリオットとて思慮の無い人間では無いから、オズがあの時立ち直る風を見せていなければ、今回このように不躾な質問をするつもりは毛頭無かった。

けれど、先日別れ際に見せた表情は危なげなそれではなかったはずだ。澄んだ金色は確かにここに存在する者の瞳をしていたし、少なくともエリオットの嫌う自己犠牲に満ちた弱々しい気を、彼は多少なりとは吹っ切ったように見受けられていたというのに。

囁いた耳元から声を遠ざけ、疑問に満ちたエリオットを横目にしたままのんびりと戸棚に手を伸ばしたリーオは、とりあえずとばかりに四、五種類ほどの紅茶の缶を取り出してみせる。そこから後、彼は至って普通の声色で用件を述べ始めた。

「僕は『あんまりお勧めしない』な。それ、ちょっと苦めだよ?」

言葉と同時にそっと目配せしたリーオにすぐに気が付いて、エリオットは諦めたように溜め息をついて頷いた。確かにそれほど広いわけではないこの部屋は、微かでも声が通らなければ疑わしいことこの上ない。

「……おまえな、オレに文句言うんなら最初っから自分で選べばいいじゃねぇか」
「えー、エリオットってば分かってないなぁ。こういうのは部屋の主人がお勧めを選んであげることに意味があるのに」
「あー、そうかよ」
「そうそう。……でも『オズ君って案外甘党みたいだから』、その茶葉は止めておいたほうがいいんじゃないかなと思って」
「……!『そんな理由かよ?』」

早くもぴしゃりと核心を突くかのような一言に、瞬間動揺したエリオットは慌てていつもの調子を保つ。慣れたもので、他者に悟られずに互いの含みを読み取る会話は、たとえ示し合わせずとも苦労せずに成立させることが出来た。

遠くに垣間見えるオズはどうやら彼らを少しも気に掛けてはいないようで、興味深そうに本棚に並ぶ本のタイトルを眺め歩いている。あの警戒心の強いオズが何事も気に掛けないと言うのだから、彼らの親和性は今更疑いようが無いと言って良いだろう。

「苦いものに『嫌な記憶でもあったらどうするつもり?』好みが分かってるんだから、『止めておいた方が身のためだと思うよ』」
「……別にあいつなら少しくらいキツい目に遭わせてもあぶっ!?」
「だーめ。エリオット、お客様に対して失礼だよ」

いつまでも意固地になってないで、そろそろ仲良くしたらどう? 例えば友情の印に抱き合ってみるとか。憎まれ口の続くエリオットへお馴染みの鉄拳制裁を繰り出して、終わりの合図を出しながらもリーオは告げる。

ふと次の瞬間、つい勢いで勧めた自らの和解案に、リーオは少しばかり心がざわつくのを感じた。身分相応という意味でなら、親交を深めるのは双方にとって悪いことではない。敵対する家系の嫡子が友好を築けるのならそれは大きな進歩だし、第一、自分のこととそれとこれとはまた随分別の話だ。

あまりに唐突に生まれた動揺を咄嗟に隠したつもりでいたけれど、ふわふわと笑ったリーオの横顔の頼りなさに、すぐ傍に位置するエリオットが気付けぬ理由もまた無かった。これだけ長い時間を共にしていると、雰囲気で何を考えているのかがそれとなくだが読めてくる。

「リーオ」
「ん?」

唐突に呼び掛けられて振り返ったリーオの頬に、一瞬だけエリオットはそっと、愛おしそうにキスをした。予想外の出来事に一切理解が追いついていないらしいリーオにも構わず、不意打ちを仕掛けたエリオットはまさにしてやったりの表情だ。

「ちょっと、エリー……」
「さて、あいつに出すのは……そうだな、こいつにするか」

動揺しきりのリーオにそれ以上何も語らず、エリオットは並べられた茶葉の中からオズへと称してレモンティーのそれを取り出す。あとから余計にもうひとつ手にしたそれは、普段彼があまり口にすることのない、甘みに長けたアップルティーだった。

どちらかと言えば苦味の利いた紅茶を好むエリオットに対して、甘みのある紅茶を好むリーオは、日頃からよくそのアップルティーを口にしていた。

今日は俺もこれにするか。さらりとそう言い残してエリオットはひとり、客人の待つ部屋へと去っていく。その間ぼんやりとそれを眺めて、リーオは自身を落ち着かせるかのようにひどく長らく息づいた。

「……あーあ、エリオットってば」

僕までオズ君のこと、疎かにしても知らないからね。熱を持った頬を隠すように少し俯いたリーオは、あっさりした夏らしいレモンティーと、淹れ慣れたアップルティ―をニ杯分ほど用意する。

何でもないふりで客室へ戻れば、何かを感じ取ったのか、オズが少しだけ不思議そうな顔をしてリーオを迎えた。何事も無かったかのように自然と渡されたカップを受け取るエリオットは、けれど、僅かに満足そうな笑みを湛えてソファへと掛けている。

――ああ本当、ずるいよね、君は。とても。

心の中で呟きながら、リーオは精一杯主人へ反抗の方法を模索する。

結局何も浮かばずに、彼は読みかけの本も開かずエリオットの隣へ掛けた。