Dear blue-Epiloge-

あれから、もう数日になる。晴れ渡る夕刻、二人は少女と母親の眠る空の下へとやって来ていた。人気のまるで無いそこはさながら花の海のようで、随所には木漏れ日のように差し込む光と影のコントラストが、まるで、世界を黄金色に染めてしまったかのように美しく滲んでいる。

咲き乱れているのは赤や青の名も無い花々。時折強く吹きぬける風が色とりどりのそれらを揺らして、散り散りになった花びらが舞い上がるたび、言葉にしかねるような幻想的な風景を生み出している。

「……綺麗なところだね」
「ああ、そうだな」

進んだ先に心ばかりの小さな墓を見つけて、エリオットは抱えた花束をそこへ手向けてやった。この風景がそのまま世界になったような色とりどりの花束は、決して大輪ではないけれど優しさに満ちて、どこか温かみが感じられる。

続けてレイムに借り受けたままの写真と、少女に託されたロケットをその場へ静かに置いてやる。ここへ来る前、持っていても仕方が無いからと携えて来たその写真たちは、まるで、最初からここに存在すべきだったかのように収まりの良い笑顔を浮かべていた。こうして見ると、やはり瞳のよく似た親子だ。リーオは思う。凛として深く、心を浚うような青と緑。

「あの子が会いたかったのは、本物のお父さんだったのかな」

ふと浮かんだ疑問は、どちらかに正しさを求めているものではないけれど。両親二つの色が混ざり合った「自分の色」を何より欲しがった彼女は、自分可愛さにそれを欲しがったのか、父への恋しさから手を伸ばしたのか、それとも両方だったのか、なんて。

「……さあな。どちらにしても、父親を求めていたことに変わりは無いだろう。そのきっかけが別れを言えなかったことにあるんなら、結局は本物の父親を求めていたんじゃないのか?」
「……そっか。うん、そうかもしれないね」

納得したというふうに、リーオは穏やかな様子で呟いた。ゆるやかな動作で墓石の花をいくらか払って、そのすぐ傍に屈みこむ。

「……ごめんね、あまりちゃんとした格好はして来られなかったけど」

リーオはそのまま傍らに咲いた花を一輪摘んで、名前も記されていない墓石にそれを飾るように手向けて見せた。ひっそりと佇むこの墓の存在は、事の真相を知る者以外、誰一人知ることの無いものだ。公式な弔問などではもちろんないから、弔いの気持ちだけを持って、平服で来るほか無かったけれど。

「でも、十分かな。……こんな場所に堅苦しいカッコして来ても、誰も喜ばなさそうだもんね」
「まったくだ。……それにしても、レベイユの外れにこんなに場所があるとは知らなかったな。ほとんど誰も足を踏み入れない土地だと聞いてはいたが、まさかこれほど広い場所だとは」
「エリオット、ぬいぐるみも返してあげないと」
「……ああ、そうだったな」

リーオの言葉にはっとして、エリオットは並べられた写真の隣に十五個目のぬいぐるみを飾って見せた。まるで墓守のように小さく居場所を定めるそれは、父親が家庭を守ろうとする光景のようで、どこか切なくも、優しい。

「悲しくたって立ち止まっちゃいけない。……きっと、悪いことばかりじゃないから」

そう呟いたリーオに、エリオットがゆったりと頷いているのが分かる。

立ち止まれない、引き返せないなら進むしかない。立ち止まらずにいれば、どんなに耐えられそうにない悲しみがあったとしても、いつか道が開けるはずだと信じたい。たとえばあの日その先で、僕が君に出会えたみたいに。

でも、もしもいつか僕がそれを忘れてしまって、何も持たない絶望だらけの人間だって思えたときは。
――そのときは、手を引いてくれるって信じてもいいのかな。他の誰でもない、ただ、君が。

「行くぞ、リーオ!」

立ち尽くしていれば、いつの間にか歩き出していたエリオットが、花の向こうからリーオを呼んだ。

「……待って、今行くよ!」

大声でそう返して、リーオは最後に一度だけ、小さな墓石を振り返る。同時に吹き抜ける風の音が、いくらか花を雨と散らして。

――瞬間に舞った赤色を初めて、僕はとても綺麗だと思えた。



----Fin

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