Dear blue-6-

パンドラの本部から少し離れた木陰で、彼らは今後の行動を決めかねていた。

リーオにとってエリオットの行き先はすなわち自分の行き先だったから、その時々の行動に関していちいち大きな感想を抱くことはあまりない。ただ、今回は違法契約者の調査ということだったから、気にならないと言えば嘘になる。

「で、どうやって探すの?まさかとは思うけど、引き受けたはいいけど何も考えてない、なんて言わないよね?」

外出時のリーオの行動は通常エリオットの意のまま、が基本だけれど、彼らの基本は他の主従関係とは一線を画していた。何しろエリオットはリーオがあからさまな主従の振る舞いを見せることを極端に嫌うのだ。「おまえは俺の従者だろう」と言って権威を振りかざそうとするときと言うのは、大抵怒りから来るあてつけだとか、そんなものがほとんどだったように思う。

「……まぁ、とりあえずは下町から順番に攻めてくしかねぇだろ。レイムの話じゃ女だってことしか分からねぇんだし」
「女の子、でしょ。それだけでだいぶ年齢層違うじゃない。……まぁ、それが分かってるだけでも良しとしなきゃね。けどさ、ミスター・ルネットって勇気あるよねー」
「何がだ?」
「だって、違法契約者なんて実際に刻印の針が動く瞬間じゃなきゃ特定とかムリだし。エリオットに何かあったらただじゃ済まないよ、あの人」
「……それを知ってて言わないおまえもおまえだがな」
「えー……だって、面白そうじゃない?」

エリオットとの二人旅ってのも。そう言って、いたずらっぽくリーオは笑う。実際のところは旅というほど大仰なものではないけれど、これはこれで非日常らしくて悪くない。

「……ま、地道だけど聞き込みするしかないかもね。下町だけならそんなに広いわけでもないし、範囲を絞るくらいなら一日二日でなんとかなるかも」



リーオの提案を受けて、二人は町のそこかしこで聞き込みを始めた。聞き込みとは言っても世間話に少し首を突っ込んだようなもので、そういうことに関しては、リーオがとても上手かった。屋台の販売物に見入りながら何となく店主と話をしたり、道行く子どもに変わったことが無いかを尋ねたり。

さすがに普段から子どもを相手にしている彼だから、その程度の振る舞いなどお手の物なのだろう。対してエリオットは今ひとつ子どもが苦手だったし、庶民を相手に会話を繰り広げることも少なかったから、上手い会話の方法を見つけられないでいた。

「悪いな、おまえばかり行かせて」
「全然いいよ?君にいられると子どもたち、みんな逃げちゃうし」

むしろありがたかったりして、とあっけらかんと言ったリーオにエリオットは呆れつつ、己の無能さを内心嘆く。貴族社会で恥にならないような礼節は一通りわきまえているつもりではあるけれど、一旦見知らぬ世界に飛び出してみればこうも上手く立ち回れない。

知ったつもりになっていることがいくらでもある。実際のところはまだまだ無知だ。かつて違法契約者の存在を知らなかったように。――フィアナの家のことを知らずにいたように。

「エリオットは女の人のとこにだけ行ってくれればそれでいいよ。僕だといまいち駄目なんだよねー。話しかけると何となく引かれちゃうっていうか」

公爵家の人間であることを告げると、大概の人間は姿勢を正してリーオの言を受け入れた。仰々しく振舞われたことなど今までには無かったから、まだナイトレイ家に入りたての頃は、その扱いの違いにずいぶん驚いたものだった。

驚くと同時に、少し辟易したことを覚えている。身分による扱いの差異などどこにでもあるもので、ひとたびリーオが身分を隠して接すれば、少しの会話も信頼を持って受け入れられはしない。

「君なら得意でしょ、そういうの。貴族みたいな女の人の相手」
「人柱か、オレは……」
「大丈夫だって。その顔と、公爵家の人間らしく紳士な態度で迫れば君なら間違いなく百発百中だから」

にこやかに笑顔を浮かべて、リーオはエリオットにチョコレートをひとかけら差し出す。さっきもらったんだけど、と言って手渡したそれは、安物ではあるけれど、少し、安心出来るような味がした。

「あのな、公衆の面前で人聞きの悪いことを言うな」
「えー、別に嘘は言ってないよ?」
「ったく……おまえが女に相手にされないのはどう考えてもその髪と眼鏡だろう。どんな顔してるかも分からない奴、男でも物好きしか相手にしねぇよ」
「へぇー?じゃあ、エリオットは物好きってこと」
「……否定はしねぇな」
「そう?まあ、いいよ。別に女の人に話しかけられなくたって何か問題があるわけでもないし」

僕は、エリオットが傍にいてくれれば十分だから。心の中でそう呟いて、リーオはエリオットの言葉を自らの中で反芻させる。髪がこのままなのは、単に整える必要性を感じないからだ。昔からこの髪型なのだし、今更どうすると言うものでもないだろう。

ただあの時、瞳を見られたことに対して動揺しなかったわけではない。あの家に移ってから誰にも見せたことの無かった色を初めて見られたのだし、たぶん、誰より僕が一番、僕のこの目を嫌っているから尚更だ。

それでも思ったよりあの瞬間の抵抗が少なかったのは、見られたのがエリオットだったから、なのだろうと思う。あの頃の僕は誰かを信頼するという感情を持ったことが無かったけれど、彼に対しては、他の誰かには決して抱くことのないそれがあったから。

「……あ、エリオット、あそこにいるのって女の人じゃない?ちょっと行って来てよ。僕はあっちの方で何か聞けそうな人、探してくるからさ」

ふと遠方に注意を向ければ、上品そうな女性二人が街中を楽しそうに歩いている。特に厳格なふうでもないし、ここはエリオットひとりで行ってもらうのが良いだろう。この街の人々の目撃情報ももちろん重要だけれど、案外外から来た人間の方が街に詳しいこともあったりするから、余所者だからと言って軽視する道理はない。

「ずっと一緒じゃ効率も悪いし、とりあえず一時間だけ離れてみようか。集合は今から一時間後にここ。そのくらいなら危険も少ないだろうし、僕が付いてなくても大丈夫だよね?」
「……おまえな、それは職務放棄と言うんだぞ。……まあいい。一時間だな。行ってくる」
「何か分かるといいけど。それじゃ、また後でね。エリオット」

変わらないリーオに呆れた様子のエリオットへ微笑を返して、リーオはエリオットと反対側の方向へ歩き出す。夕刻はゆるやかに街を照らして、風が少し冷えるけれど、居心地は決して悪くないように思えた。

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